もやもやとは
このページでは、何かを変えたいと思った切っ掛けになったような、まだ言葉にできないもやもやを掘り下げて、その裏にある物をさぐります。私の場合、母がよく口にしていた「終の住処」という言葉でした。
最初の物語
最初のもやもやは、母がよく口にしていた「終の住処」という言葉でした。実家も処分してしまい、変えるところもないシングルのわたしの「終の住処」はどこなんだろう。そんなもやもやをずっと抱えて生きて来ました。
その言葉を久しぶりの思い出したのは、上野千鶴子の「おひとりさまの老後」を読んだ時だった。
今パートナーがいても、いなくても、死別、離別、非婚で、最後は一人になる。男女の平均寿命を考えても、おそらく一人になる多くは女性だ。
そんな女性達が、孤独におひとりさまとして暮らすのか。パートナーもいなくなり、子ども達もすだった、買い物に行くのも遠いただ広いだけの一戸建てで。
まさにわたしの母がそうだった。転勤族だった母は、どの街が「終の住処」になるのかずっと悩んでた。終の住処という小説の名前を知ったのも母の言葉からだった。
父が退職し、持ち家にもどるも、父はすぐに亡くなり、子ども達は東京にでてしまい。兵庫県宝塚の築50年の一戸建てにぽつんと暮らさざるを得なくなった。
彼女が結局選んだのは、その家を手放し、姉が暮らす軽費老人ホームに入ることだった。
じゃ、わたしの終の住処はどこなのか? もう実家は存在しない。
老人ホームで、性別でわけられたタコ部屋にいれられるのなら、自宅で死んだ方がいい。
離婚してアパート暮らししたとたん、コロナになって街はブラックアウト。だれも知り合いがいない、隣も、その隣も外国人だった。そもそも言葉が通じない。
そんなときに「おひとりさまの老後」を読み、そこで紹介されていたコレクティブハウスに入居する。そこでみんなと一緒に暮らしをつくる、シェアハウスの自治会版のようなことをやってみた。
しかし人があつまると、揉め事も発生する。結果的にコレクティブハウスを辞めていた。緩い集まりを、シェアハウスのメンバー限定でオープンチャットをつくって、夕ご飯とか一緒にする会もつくってみたけど、それもまた揉めて終わってしまった。
結果、わたしは団地という巨大なコミュニティのなかに、比較的距離感をたもって暮らしている。繋がりは団地のなかにはなく、友達との連絡や出会いはネットをつかった連絡がほとんどだ。
「マダム達のルームシェアー」というマンガがベストセラーになった。いろんな理由でシングルになった親友三人がルームシェアーをするというストーリー。そこにわたしは理想をみつけた。共感してくれる友達はおおいものの、口をそろえて言うのは、わたしまだパートナーと暮らしたいのよね。そりゃそうだ
勝手に先行して離別したのはわたしの勝手、彼女らはまだパートナーがいるし、そもそも中学高校時代からの親友じゃない。わたしは転勤族の子どもだ。
でも、みんなスープの冷めない距離に暮らしたいっていう。ご飯も一緒に食べたいっていう。じゃぁコモンキッチンだけ中央におこう。寝るのは各自の家で各自のパートナーと寝てください。
そのかわり、コモンキッチンは、暮らしてるひとだけじゃなくって、子ども食堂とか、困ってる人とか、マイノリティの居場所(しまなみ誰そ彼)も巻き込んで、みんなの居間のような場所にしよう。自治の仕組みはコレクティブハウスに学びながら、その運営方法は神楽坂DAOを参考にしよう。
ちょっと疲れたみんなは、おカイコさんとしてやってきて、ここでやすんで繭をつくってゆっくり休み、そのうち羽ばたいていくんだよ その後にはその子のつくった絹糸がのこされる…そんなごろ寝のできる居場所を作る。
そういえば母が小さい時カイコを飼って育ててたのを思い出した…
そんな言葉のキャッチボールから、みんながあつまり、繭になって心や体をやすめ、また飛び立っていく場「繭棚」プロジェクトが始まった。でも「繭棚」が具体的にどんなものか、まだもやもやしたママです。
もやもやの裏にあるかもしれないモノ
- 関わった人を孤独にしない
- 一人でも寂しくない、誰も排除しない
- 誰でも、ここに来れば安心・安全な秘密基地
- 今、話したいことを、今、話せる場所。否定されない場所。談話室
- なんでも話して。聞かないけど。
- お帰り、ただいまが言える場所
- 共に暮らしをつくる
- 終の住処をつなげる
例えば、そこにはどんな人が集まるのだろう
- 孤独な人
- 介護(高齢者、ヤングケアラー)
- 非正規、貧困
- 貧困家庭の子ども(貧困の再生産を産まない)
- 不登校の子ども
- メンタルを病んでる人
- シンママ・シンパパ
- DVを受けたひと
- LGBTQ+のひとたち
名付けてみよう
繭棚(MayuDana)
くらしば / ku-ra-shi-ba
ピープルノット(PeopleKnot)
そして仮称:繭棚プロジェクトが立ち上がったのです。まだ問いもできてないし、この段階では何をやろうとしているのか、まだ思いつきが消えては立ち上がりするだけです。